― しあわせへの道しるべ ―

芹沢光治良の文学の世界を ささやかながら ご案内いたします。新本、古本、関連資料も提供いたします。

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光治良文学――備忘録

 
創作のもと
「人間の運命」のモデルについて
<神様からのあずかりもの> 祖母の子供観
「伯父さんの書斎で見たジード」『背徳者』の感動
「シャルドンヌによせて」 小説のスティルについて
「私の小説勉強」 作家になるまでの半生の素描、小自伝
「創作ノート」 作家論(自己の発展)
「わが意図」 創作とは神の真似
「小説のモラル」 作家論(脱皮する本体)・作品論

「ルポルタージュについて」 アンドレ・ジードのコンゴ紀行

「人間の裸体」 ミケランジェロの囚人の群像
「青春はなかった」 毎日青春をもつ
「迎春」 修道院へ行く覚悟、義父との不幸、死を賭して作家へ
「職場にある教え子」 代用教員のころ、「眠られぬ夜」について
「春宵独語」 シミアン博士の文学観、マリ・ベルのこと
「捨て犬」 生きものについて

「浅間山に向っ 創作と健康

「作家の秘密」 作家論
「なぜ小説を書くか」 文学論・作家論
「現代日本文学」 読者論・文学論・作家論
「ノエルの祭」 実父観 → 養子考
「親と子の関係について」 実父と養父
「新年」 質素なこと
<金江夫人と光治良作品>
<文学論 タチアナ・デリューシナ氏による>
「童 心」 あだ名は柏餅
「男子の愛情」 女性観
「小説の面白さ」
正 義 感

「ヨーロッパの表情」―日本人としての生き方―「遠ざかった明日」はなお遠い!?

「結婚新書」 結婚観・実母観

「戦争」と「神」に悩む西欧 ―― サルトルの「神と悪魔」をみて
母として、いや、人間として
我が宗教 信仰観、実父観
   

 

 

「人間の裸体」

『芹沢光治良文学館(11) エッセイ――文学と人生』
p98(昭和11年)

 

ミケランジェロの囚人の群像――

裸体を美しいものだと知ったのは、外国へ行ってからです。神様の創られた物のうち、人間の身体が最も美しいものであると、或る画家が言いました。人体を前にしてそれを画面に写していたら、一生の間、画題に窮するようなことはないが、描けば描くほど、人体の美は均衡のとれた素晴らしいもので、人間の技巧の拙さが悲しくなるとも言いました。

(中略)

裸体と言うと直ちに女の裸体を連想しますが、私は男の裸体をより美しいものに感じ魅力を感じます。彫刻でも男の彫像をたのしんで仰ぎ見ます。ロダンの博物館で見たいくつかの逞しい男の像も忘れられませんが、フロレンスで見たミケランジェロの男の囚人の群像ほど感動した裸体は、他にありません。神の力よりも偉大な芸術家の力の方が、真に美を創るものであると、つくづく思いました。それから、フロレンスのミケランジェロの丘にあった素晴らしい青年ダビデの裸像、私が女であればこの像に恋したかも知れないと思って、いつまでも仰いでいたことがありますが――

(2005.09.17)

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