芹沢光治良の文学の世界を ささやかながら ご案内いたします。新本、古本、関連資料も提供いたします。

「人間の運命」のモデルについて

『芹沢光治良文学館(3)』
「人間の運についてのエッセイ p577（1974年）

私も四十年以上小説を書いているが、「あの小説の主人公は、誰さんがモデルだろう」というような、思いがけないことを言われたことが、何度もあります。同じ主人公に、「我輩をモデルにしたろう」と、数人が名のりを挙げて困った場合もあります。私は小説を書くというのは、現実そのままを描くのではなくて、かくあるべき現実を描くことだと、信ずるから、現実からモデルをひろいあげて描くというより、作品のモチーフに合致するような主人公を、でっちあげるので、特定なモデルがあってはならないと、考えているのですが――

ただ、創作した主人公が活動するのに必要な場所は、「人間の運命」のような大河小説では特に、現実をかりなければ、夢物語になりそうであり、主人公が勝手に動き出して、作者の手におえなくなるから、予めはっきり現実的縄張りをめぐらすつもりで、構成をつくり、現実の場面の描写をするのです。

(2006.04.16)