― しあわせへの道しるべ ―

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「バルザック・人と芸術」から

(2005.12.11 by T.F)

ご無沙汰しております。

ときには、これまで同様、普通にメールさせてくださいね。(^^)

バルザックの『ゴリオ爺さん』の感想をお話しさせてください。

すごく良かったです。娘に対する父親の父性愛を描いていました。

まず、ビックリしたことがありました。

それは、『ゴリオ爺さん』にあの「文学と人生の本」のP135下段1行目のビアンションが脇役ながら登場してきたことです。

そうです。 バルザックが51才の死の床で『人間喜劇』の名医ビアンションを呼んで呉れと言った あのビアンションが、年若く、21才ぐらいのインターン医学生として登場しました。

『ゴリオ爺さん』を書いた頃のバルザックは35才ぐらいだったと思われますから、バルザックの作品のなかでビアンションは名医へと成長していったのですねー。

なんとも…

またしても私は神シリーズにヒョッコリ登場してきた森次郎と脇役のビアンションとを重ねてしまいましたよ!

それでは『ゴリオ爺さん』について簡単に書いていきます。

ゴリオは製麺業者でしたが、妻を亡くし、二人の娘を愛してそれも我が身を削ってでも娘たちの幸福のために精一杯骨折りました。

娘たちには立派な教育を受けさせ、働いて得たお金はすべて娘たちのために使い果たしました。

お陰で、娘たちはそれぞれ、伯爵夫人、男爵夫人となり、パリの社交界においては華々しい生活ができました。

美しい娘たちはゴリオの自慢でした。

一方、ゴリオはというと、ボロアパートに住み、貧しく暮らしていましたから、娘婿からは疎んじられました。

娘たちはそんなゴリオから、なおも搾り取るかのようにお金をむしり取らんばかりにさまざまに泣きついてくるのですが、それでもゴリオはもうお金ないのになんとか娘たちのために答えてやろうとするのです。

それなのに、それなのに、…

ゴリオが病気になって死を迎えようとしたとき、娘たちは問題をいっぱい抱えてしまい、看病にも来ませんでした。

ゴリオは娘たちを恨みながら死んでいきます。

葬式は身よりのない貧民扱いでした。

ゴリオの最後を看取ったのが、もうひとりの主人公ともいうべき青年(貧しい学生)なのですが、その彼がパリという大都会の腐敗のなかで成熟していくという側面もこの物語にはありました。

彼はゴリオの下の娘の恋人でしたが、光治良先生的には「まこと」の人でした。この彼と彼の友人のビアンションとでゴリオを葬りました。

テーマはやはり父性だったと思います。

まだまだバルザックについてはわからないことだらけですが読書会のお陰でバルザックと出会え、ほんのひとときでしたが、幸せを味わうことができました。

ええ?『人間喜劇』に挑戦ですか?97巻?

そうですねぇ、もうすこし年老いてから、時間をたっぷり使える身分になれたら、また考えてみますぅ。(そんなこと、誰も言ってない?)

この読後感、幸せ感は芹沢文学とも共通するものだ(グイグイ引っ張られるかのように読んだところなども)と私は感じました。

(スタンダールの『赤と黒』とも時代も近いし、同じフランスだし、似ている部分も多いけれどバルザックの文章のほうが、陰気だけど品があるように私には思えました。

実は私、小学高学年の頃、『赤と黒』を読んだのでした。小学校の図書館に置いてあるのだから、私にも絶対理解できる!自信はあったのですが、あまりの表現にリタイアしてしまいました。今読むと何てことないのに…

小学生のときには敗北感を味わったものでした。)

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※ リンクがはずれている箇所を発見されたら、ご一報くだされば幸いです。(2004.11.04)